駒ヶ根高原別荘地

梅雨明けを待ちわびる6月中旬の駒ヶ根です。
さて、皆様は別荘地と言えば”軽井沢”を真っ先に連想されることでしょう。人口2万人の山間の町、長野県軽井沢町は夏の避暑シーズンになると別荘族で20万人の人口に膨れ上がります。これに加えて、年間800万人の観光客が訪れるわけですから、夏の1か月間には86万人以上が滞在する計算です。これは東京都世田谷区の人口88万人に匹敵します。さらには、軽井沢町には別荘地からの潤沢な固定資産税収入があり、東京都と同じく国からの地方交付金が0円の地方公共団体です。このあたりが、「東京の24番目の区」「東京の飛び地」と言われる所以でしょうか。

実は駒ヶ根も”第二の軽井沢”を目指した時期がありました。もっと言えば多くの県内市町村がそうでした。隣の伊那市にも飯田市にも「昔の市の別荘地」と呼ばれる場所が山の麓にあります。県内では有名無名関係なく「高原」と名の付く場所には大抵別荘地が存在します。その多くが開発された昭和30年代とは、別荘地開発時代だったのです。海外旅行など普通の人には行けず、新婚旅行でさえも熱海か宮崎だった時代に、「サラリーマンでも買える別荘」ブームがあったのでしょう。企業や学校も「保養所」としてあちらこちらを購入しました。駒ヶ根高原別荘地は、土地を一帯の所有者である光前寺から駒ヶ根市が借り受けて貸し出す方法で行われました。昭和40年代に開通した中央自動車道への期待感も当時は大きかったでしょう。しかし期待感は次第にしぼみ、現在に至っては全国の別荘地同様に衰退した現実を認めざるを得ません。一方では駒ヶ根高原の別荘を熱心に活用される方や、定住に利用される方も見受けられます。新たに建築されたログハウスも数棟見受けられます。せっかく駒ヶ根市もインフラも整備を行った別荘地でもあるので、”第二の軽井沢”がダメならば、今度は”第二のビル・ゲイツ”が現われないものかと期待しています。

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