中沢のお米

梅雨時期の水田には、絶え間なく雨の波紋が広がる駒ヶ根です。

田舎と言えども田んぼを持たない家は多数あります。現代ではお米は作るより買った方が安い位ですが、これが昔の話となりますと別のようです。田植えが終わった今回のブログでは、田んぼのない家に育った建築会社の社長さんからお聞きしたお米に関する思い出話をご紹介しましょう。
社長さんの家は旧伊那町(伊那市)にあって、田んぼが無い家でしたので、戦中から戦後の田んぼが無い辛さは身に染みているそうです。そんな子供の頃の思い出に「中沢のお米」が強く残っています。
「子供を手伝いに来させるように」との連絡が中沢村(駒ヶ根市中沢)の親戚農家から入ることがありました。すると自分が手伝いに行かされる訳ですが、早朝から出発して自転車を押しては火山峠を越えて行きます。一日を終え夕方になると、今度はタイヤがへこんでしまう程の沢山のお米を自転車の荷台に乗せられて、また火山峠を戻ってきたのだそうです。子供にとっては過酷な一日ですから思い出も強烈なのでしょうが、社長さんは回想します…「今思えば中沢の親戚にしても、小さな子供の労働力などを期待していたとは思えず、『手伝いに来させろ』とは単なる口実で、子供が一日手伝ってくれたお礼という理由を付けて、お米をあげるのが目的だったんだな。」
大人になった社長さんは建築業で成功を収めました。あちらこちらの土地を買ってしまう土地への執着心は、田んぼが無かった辛さがそうさせてしまうのだそうです。伊那の社長さんと「中沢のお米」の話でした。

アルプスに沈む夕陽を映す中沢の田んぼ

クラフト展「くらふてぃあ杜の市」

「6月最初の土・日はクラフト展」と駒ヶ根では決まっています。
正式名称は「くらふてぃあ杜の市」と言います。今年のチラシを見るとVol.23とありますから、あっという間に23年もの長い歴史を刻んでいました。300にも及ぶブース数は全国的にも有数のクラフト展のハズです。
皆さんはどこかのクラフト展へお出かけになったことはありますか?クラフトフェアとか、マルシェとかという呼称で様々ですが、全国では何と700ヶ所ものクラフト展が行われているそうです。全国の工芸作家=クラフト作家は、自分の目標とするクラフト展に合わせて創作活動を行い、そこが発表の場や販売の場になるようです(ただし、厳しい出展審査にパスする必要があり)。訪れる人々にとっては、思いもよらない作品に心踊らされたり、感受性をくすぐられる作品に触れられて楽しいものです。
「くらふてぃあ杜の市」ではイベントを盛り上げるアルプスホルンの演奏や大道芸なども華を添えていて楽しめます。6月初旬の爽やかな駒ヶ根高原を満喫されてはいかがでしょうか?

「くらふてぃあ杜の市」公式ホームページ http://morinoichi.net/

天皇陛下と駒ヶ根

4月は駒ヶ根市議会選挙が行われ、若い世代の43歳・会社社長の新人候補が初出馬にしてトップ当選を果たすという印象的な出来事が起こりました。駒ヶ根市は元来、民間出身の政治家が似合う街だと思います。ニューリーダーの誕生は、令和と云う新しい時代を迎える象徴的な出来事になりました。

さて、平成の時代もあと数日となりました。我々の天皇陛下は皇太子時代に駒ヶ根市にお立ち寄りになられました。そんな昭和44年を振り返っておきましょう。
昭和44年(1969年)8月26日~27日、当時皇太子であられた陛下は、ご結婚後間もない美智子妃殿下を伴って上・下伊那をご巡幸されました。この目的は昭和天皇の名代として、「三六災害の復興のご視察」というものでした。下伊那から上伊那を回られながらその際に駒ヶ根市へもお立ち寄りになり、国の重要文化財に指定後で移築間もない旧竹村家住宅をご視察されました。2日間の短い伊那谷ご巡幸中に多くの市町村をお忙しく回られたご様子なのですが、残念ながら我々が当時の記録を目にすることはあまりできません。人から話を聞くことさえ50年も経った今では困難になりつつありますし、当時は存在した「赤穂新聞」などの多くの市町村紙も廃刊してしまった今では記録を紐解くこともできません。
駒ヶ根市民は唯一、旧竹村家住宅に残された若かりし当時の両陛下の写真に触れることで、「ああ、駒ヶ根にも来ていただいたのだ」と当時に思いを馳せるのです。

中央アルプスが国定公園に!

春へは足踏みをしている駒ヶ根です。
今週になって大きなニュースが飛び込んできました。駒ヶ根市の至宝「中央アルプス県立公園」を「国定公園」にしてもらえるようにと、長野県が国に申請をすることが決まりました。よもや却下と言う事態は考えにくいのでこの流れは決定へと向かうのでしょう。これに先立ち、長野県では県立公園の指定を解除することが了承されました。国定公園化の背景には、①リニア中央新幹線飯田駅開通後に増加が予想される中央アルプス一帯の観光振興に備えること。そして、②急増する観光客から貴重な観光資源を守るには「国定化」が必要不可欠と判断されたことが挙げられます。国定公園化は遅きに失した感がありますが、何より喜ばしいことだと歓迎します。
「国立公園」との違い?とは、国が直接管理するか県や市町村が管理するかの区別だそうで、今まで通り地元が観光資源を有効に活用できるところは国定公園のメリットだと思います。
また今回初めて知った事ですが、「中央アルプス県立公園」というのは上伊那~下伊那~木曽までを含む17市町村にもまたがるということでした。「地図上、裏山が含まれているに過ぎない」という町や村もあるでしょう。国定公園の主役は名実共に駒ヶ根市が担うことは必然です。

1963年、かつての先人たちが”あの山を観光資源にしよう!”と日本初の山岳ロープウェイ構想から56年。次の50年後には中央アルプスの玄関口としての駒ヶ根市はどんな街であるべきか?。叡智を絞り活発な議論を行う時です。

「大法寺」の節分厄除

積雪は無いのですが、吹雪く寒さに耐える駒ヶ根です。
皆さま、先日の「節分」はきちんと厄除けをなさいましたか? きっと、まんまと商戦に乗せられて恵方巻を食べたことでしょう? 豆まきも、スーパーで買った中国産の落花生などで間に合わせたりしていませんか? しちゃいますよね、それらのなんちゃって節分。では、駒ヶ根の“由緒”ある節分祈願法要をご案内しますので、来年は是非お出かけください。
五十鈴神社南側の「大法寺」は、伊南地区唯一の法華寺院であり、節分厄除け行事が有名です。毎年2月3日の「節分厄除」は、「水行式」なる寒水での禊の儀式が行われます。寒い朝、今にも凍りそうな水樽が境内に置かれます。ふんどし姿の若い僧侶と住職が現われ、若い僧侶は水樽の前にかがみます。後方で住職が平べったい太鼓のような木鉦(もくしょう)を叩き響かせながら、独特の声色で経文を唱え始めます。すると、ふんどし姿の僧侶も同じく経文を唱えながら一心に寒水を汲み上げては頭から何杯もかぶるのです。この荒行を自らに強いることと引き換えに、地域の五穀豊穣や人々の無病息災を祈願するのです。取り囲む参拝者も、荒行に対して手を合わせ共に祈ります。その後は、「お焚きあげ」と言い、古いお札やお守り、ダルマなどを大きな炎で燃やします。火の脇には竹筒が置かれ、竹筒でお燗にされたお酒が縁起物として参詣者に振る舞われます。合掌。

画像提供:駒ヶ根市役所

駒ヶ根の元日営業

本年もよろしくお願い申し上げます。
平成最後のお正月、駒ヶ根は晴天続きの穏やかな日々でした。
さて近年、元日営業の是非が取り沙汰される中、駒ヶ根はどんなものなのか気になっていましたので、元日の夕方に市内を一周してみました。最も気になるスーパーマーケットは、営業しているチェーン店としていないチェーン店とに分かれていました。市街地にある地元経営の商店・店舗は予想通りに完全休業しており厳粛な雰囲気が漂う一方で、ロードサイドの飲食チェーン店は全店で営業をしていたのが対象的でした。
元日営業には違和感を感じる人が多いものの、サービスを必要とするお客さんがいるのも事実です。今年は良い機会だったので元日の夕食時に牛丼店に入ってみました。直ぐに感じたのは、お正月は誰もが休みで、誰もがお正月気分でいるわけではないという現実です。元日の夜であっても、一人で牛丼店を訪れる老人、父子家庭と思われる家族、そして仕事着の若者などが訪れます。店側も元日は閉店した方が得とわかっていると思うのですが、365日24時間営業に「使命感」を持って営業しているのであれば、一概に元日営業を非難できないのかもしれません。そしてこんな小さな街でも、お正月も関係なく様々な境遇で頑張っている人々がいることを、元日夜の牛丼店で学びました。
今年もこの街が平穏でありますように。

伊那谷の正月飾り

皆さまは正月飾りはどうされていますか?近年では、多くの玄関先でホームセンター等で買った正月飾りを掲げる時代になりました。そこで、本年最後のブログ記事にあたり、駒ヶ根を含む伊那谷の伝統的な正月飾りについてご紹介しようと思います。
中央に竹が3本そびえる全国標準型の門松の豪華さに比べると、伊那谷の門松はとても質素です。まず皮を剥いだきれいな2本の杭を玄関先に打ちつけます。2本の杭それぞれに「松」と「竹」の両方を立てます(地域や家庭によっては「松」のみ)。そして藁を筒状にこしらえた「おやす(神様の食器)」を飾り付けてから、和紙で作った「紙垂(しで)」をはさんだ「注連縄(しめなわ)」を2本の杭に渡すというものです。杭を立てる場所が無い市街地のお宅用や玄関先用の正月飾りは、上記アイテムを簡素化して「おやす」に「松」の枝と「紙垂」を結わえたものをこしらえます。
質素な見た目ですが、藁は秋の稲刈りのものですし、山から松の枝をいただいてくるところから正月飾りは始まっています。面倒な作業が多く長い時間を要するものです。しかし、その長い作業時間そのものが「神事」であり、家族への平安を願う家主の思いが込められています。なんと神々しく美しい正月飾りだろうかと思います。
では、皆さまにとって良い新年が訪れます様に。

伊南バイパス全線開通

2018年11月17日、当社の前を通る国道153号線「伊南バイパス」が全線開通しました。唯一の未開通区間だった、駒ヶ根市~飯島町間の橋が完成したことによる全線開通です。1977年(昭和52)年に着手してから42年間を要し平成最後の年に完成という、何とも壮大な年月を要してしまったという感想です。
この「中央アルプス大橋」と名付けられた橋は、長さが990メートルもあり一般道では県内最長の橋だそうです。「旧国鉄飯田線・田切のΩ(オメガ)カーブ」といえば、古い鉄道ファンにとっては有名な「撮り鉄」スポットですが、この橋はそのΩカーブの東側に架かりました。中田切川を渡る橋でもあるのですがその部分は30メートル程で、主な橋の目的は高い台地どうしを繋ぐための橋です。低い台地に高く太い橋脚を立て、高架が高い台地どうしを一直線で結ぶ橋です。伊那谷特有の地形では、一旦低地の沢底まで坂を下ってから橋を渡り、そしてまた坂を登って進むしか術がなかったわけですが、21世紀のこの橋は地形のハンデをものともせず一直線で結んでしまうという土木技術の凄さを見せつける橋です。
開通の式典には阿部守一知事や宮下一郎衆議院議員もおいでになり悲願達成を祝うと共に、早く渡りたいと思う大勢のクルマで、橋の上のみならずバイパス全体が終始大渋滞となる一日でした。

薄っすらと初冠雪~中央アルプス山頂10月15日

ちょっと寒くなってきた駒ヶ根です。
台風の雨の中でしたが、9月30日には第6回駒ヶ根ハーフマラソンが無事に行われました。10月に入った5日には、第12回山麓美酒フェスタが行われ、地酒の日本酒やビール、ウイスキー、ワインなどを味わうイベントが開催され、街の中は大いに盛り上がりました。10月7日には、NHKのど自慢・駒ヶ根市などもありましたがご覧になりましたか?
さて冷え込んだ10月15日、中央アルプスの山頂付近ではやはり初冠雪が見られました。「どうりで…」という思いと「いよいよ…」という思い。冬の前のプレゼントでもある雄大な紅葉の進み具合は、例年よりは遅めでしょうか。急なご予定でも、是非「駒ヶ岳ロープウェイ・千畳敷カール」へお越しいただきたいと思います。10月20日~21日にかけては恒例の「中央アルプスウェストン祭」も行われます。英国人のウォルター・ウェストンは日本山岳会の父ですが、ウェストン祭は中央アルプスの玄関口である駒ヶ根市らしいイベントの一つです。(詳細はこちらから/駒ヶ根観光協会
「新そば」が本格的に提供されるのは11月からでしょうけども、年間を通して安定の味「駒ヶ根ソースかつ丼」がありますので、グルメもご安心ください。市内46店舗のいたるお店でご提供しています。病みつきになりますよ!

⇩ 中央アルプス観光様 / YOUTUBE動画

旧駒ヶ根カントリークラブ

稲刈りが真っ盛りの駒ヶ根です。
今月は、関西地方の台風被害と北海道の地震災害が立て続けに起こるという不幸な月となりました。台風では「ソーラーパネルの危険性」が浮き彫りになり、北海道の大停電では「自然エネルギーに頼った発電力の限界」も取り沙汰されました。良い面と悪い面の両方があるのでしょうが、地方では閉鎖したゴルフ場をメガソーラー発電所に転用する流れがあるのも実情です。
駒ヶ根市中沢にも、「駒カン」の愛称で親しまれたゴルフ場がありました。大変な山奥の、褒められるようなゴルフ場ではありませんでしたが、それでも18ホールを備えた市内のゴルフ場でもあったため、多くの市民ゴルファーがここで腕前を上げたのでした。ところが2007年には営業停止。その後に紆余曲折を経ながらも何とかコースだけは運営されていたのですが、ついに2015年には完全閉鎖。最新の所有者はメガソーラー発電所への転用を発表したのでした。そして今年2018年の冬からは発電事業がスタートするそうです。
パネルを設置する直前の駒カンに入れてもらうと、クラブハウスは面影もなく取り壊され、コースは芝とも草とも区別がつかない荒れ放題となっていました。もう再び市民が足を踏み入れることは出来ませんが、楽しかった思い出話は長く語られていくことでしょう。