50年ぶり・中央アルプスのライチョウ

ライチョウ(雷鳥)は長野県指定の「県鳥」であり、国の特別天然記念物です。おそらく実際に目にされた方はほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか?
その理由は、長野県を取り巻く北アルプス、妙高山、御嶽山、南アルプスといった限られた高山帯にしか生息しないこと。簡単に言えば登山をする人しか目にするチャンスが無い上に、しかもその名の通り「雷が鳴るような悪天候にしか姿を見せない」用心深さから、たとえ登山客でさえも出会うことが少ないのです。
中央アルプスにも以前は少数が生息していたそうですが、駒ヶ岳ロープウェイの開通による登山客の増化により、50年前には絶滅してしまったと言われていました。ところが近年、登山客により撮られた写真がライチョウではないか?と注目され、枝に引っかかっていた羽毛をDNA鑑定した結果「北アルプスから飛来した雌のライチョウ一羽」であることがわかりました。
雷鳥ってキジ科で飛べないと教わっていたのですが、どうやら20㎞位は飛べるのではないか?と今では考えられるそうです。それにしてもいったい何を思ったのでしょう…飛べると言っても一度の飛距離はちょっとでしょう?ちょっと飛んだり、歩いたり、隠れたりを繰り返しながらこの冒険心溢れる彼女は北アルプスからやって来たのです。
今では実家の北アルプスで採取した有精卵をそっと彼女の無精卵と差し替え、孵化させようとする作戦が環境省によって進められています。いつの日か「私、生まれも育ちもここ中央アルプス駒ヶ岳です」という雷鳥にハイマツの影で会える日が来るかもしれません。

画像はイメージ(長野県公式ホームページ>シンボル より参照)https://www.pref.nagano.lg.jp/koho/kensei/gaiyo/shoukai/symbol.html

中央アルプス山麓美酒フェスタ

中央アルプス山麓一体は、酒造りが盛んなことをご存じでしたか?
それは「中央アルプスの伏流水」に依るところが多いでしょう。日本最大の花崗岩山脈である中央アルプスからは、超軟水の伏流水が絶え間なく湧き出ます。
水は果樹や野菜、豊かな農作物を育て、次にそれらは多様なお酒に生まれ変わります。この循環サイクルが生まれる理由には「工業が盛ん」という地域性が大きく寄与しているからではないでしょうか。中央アルプス山麓では、ビール・ワイン・日本酒・焼酎・ウイスキー・リキュール類といった多種多様なお酒類が造られていることからもそれがわかります。材料の穀物や果樹を安定した品質に育てる技術も、それらを一定品質のお酒に造り出す技術も、実は「感」や「経験」に頼りすぎない生産管理や製造管理といった工業からの応用技術力が活かされています。

さて、これらの銘酒の数々を一堂に集めて飲み比べようという夢の企画が毎年行われているのをご存じでしたか?「第13回中央アルプス山麓美酒フェスタ」が10月4日(金)夜に開催されました。出展メーカーとリンク先をご紹介しておきますので、来年の14回目には是非ご参加されてはいかがでしょうか?
[第13回出店メーカー]南信州ビール(地ビール)、長生社(日本酒)、本坊酒造(ワイン・梅酒・ウイスキー)、養命酒(リキュール・クラフトジン)

駒ヶ根観光協会公式Facebook  https://www.facebook.com/komagane/

大御食神社の例大祭

大御食神社の例大祭が9月15日~16日の両日にかけて行われました。大御食神社のお祭りは、神輿を担ぐ荒々しい祭とは異なり、獅子行列が練り歩くのが特徴です。悪魔を振り払う獅子が赤穂の街を練り歩き、その前方をお練り行列が先導するわけです。横笛のお囃子が街中に鳴り響く中、古式ゆかしい一行はゆったりと歩を進めていきます。目にも華やかな装いの行列が続く一方で、どこか長閑(のどか)でゆったりとした時間が流れ、晴れ渡った秋の空の下では誰もが夢心地の気分です。
一転、神社境内に到着したフィナーレでは、胴体を切り落とされるのを察知したかのような獅子の激しい舞の後、「えい!」の一太刀で獅子頭が切り落とされます。激しさの余韻と、熱気を帯びた境内。そして最後は静かに祭壇に奉納された獅子頭。神事はこうして終わるのです。
あまりにも創建の歴史が古く、社史が刻まれた神代文字を神主でさえも解読できずに数百年。ようやくその神代文字が解かれ、歴史の壮大さが知られるのは明治になってからでした。創建以来1,900年、今もこうして例大祭は守られています。後世も、御祭神である日本武尊(やまとたけるのみこと)のご加護が続くように、氏子でお守りしていかなければなりません。

住みよさランキング10位に・駒ヶ根市

フィリピン人から、母国よりも暑いと言われる高原の街・駒ヶ根です。もはや熱中症対策としてのクーラー設置は、家庭や学校でも必須ですね。

さて、東洋経済新報社が毎年公表している「全国住みよさランキング」の2019年版が6月17日に発表され、駒ヶ根市は全国812都市中の10位(長野県内ではトップ)にランキングされました。
住みよさランキングとは、株式会社東洋経済新報社が毎年発表しているもので、「安心度」「利便度」「快適度」「富裕度」ほか、今回からは22項目に及ぶ指標から偏差値を算出し、すべての偏差値を平均したものだそうです。
総合評価の偏差値は10位駒ヶ根市「53.652」。1位の石川県白山市も54.231で肉薄しています。1位でさえ決して高くはない偏差値には疑問を抱く方も多いでしょうが、なるほど東京都心の3区は除外されていると公表されています。ともあれ、このランキングは田舎暮らし・移住先をご検討の方は是非ご参考にしていただきたいランキングだと思っています。

だんごの神様

当社は国道153・伊南バイパス沿いにありますが、すぐ南側の信号「南田経塚」をローソン方向に曲がって30メートル進んだ右側に「だんごの神様」と書かれた石碑があります。石碑と東屋とお墓という奇妙な3点セット。お墓なのに「神様」?であり、しかもなぜ団子?不可思議に思えるこのお墓は今でも土でこしらえた団子がお供えされます。
墓碑には「妙雪信女 享和元年(1801)」と刻字されており、220年ほど前に建立されたことがわかります。伝承板によれば、お墓の主は源蔵の母親とされ、団子屋に奉公していました。亡くなる時に団子が食べたいと懇願し、それを聞いた近所の老婆が団子をこしらえて届ける途中で転んでしまい団子には土が付いてしまいます。それでも母親は喜んでその団子を頂戴し、「お礼に、死後は私の霊魂で人々を助けてしんぜる」と言い残して亡くなったことから、いつしか「病気が治る」「子供が息災に育つ」と言われ、民俗的信仰を得ました。そして祈願成就のお礼には、土の団子と白手ぬぐいを供える風習から「だんごの神様」と呼ばれるようになったと言われています。今でもお供えされるお団子は、経塚のどなたかが神様を大切にされてお供えされているのでしょうか?ここからのアルプスは千畳敷がきれいに眺められる場所でもあることから東屋も建てられ、大切に守られている空間です。

 

中沢のお米

梅雨時期の水田には、絶え間なく雨の波紋が広がる駒ヶ根です。

田舎と言えども田んぼを持たない家は多数あります。現代ではお米は作るより買った方が安い位ですが、これが昔の話となりますと別のようです。田植えが終わった今回のブログでは、田んぼのない家に育った建築会社の社長さんからお聞きしたお米に関する思い出話をご紹介しましょう。
社長さんの家は旧伊那町(伊那市)にあって、田んぼが無い家でしたので、戦中から戦後の田んぼが無い辛さは身に染みているそうです。そんな子供の頃の思い出に「中沢のお米」が強く残っています。
「子供を手伝いに来させるように」との連絡が中沢村(駒ヶ根市中沢)の親戚農家から入ることがありました。すると自分が手伝いに行かされる訳ですが、早朝から出発して自転車を押しては火山峠を越えて行きます。一日を終え夕方になると、今度はタイヤがへこんでしまう程の沢山のお米を自転車の荷台に載せられて、また火山峠を戻ってきたのだそうです。子供にとっては過酷な一日ですから思い出も強烈なのでしょうが、社長さんは回想します…「今思えば中沢の親戚にしても、小さな子供の労働力などを期待していたとは思えず、『手伝いに来させろ』とは単なる口実で、子供が一日手伝ってくれたお礼という理由を付けて、お米をあげるのが目的だったんだな。」
大人になった社長さんは建築業で成功を収めました。あちらこちらの土地を買ってしまう土地への執着心は、田んぼが無かった辛さがそうさせてしまうのだそうです。伊那の社長さんと「中沢のお米」の話でした。

アルプスに沈む夕陽を映す中沢の田んぼ

クラフト展「くらふてぃあ杜の市」

「6月最初の土・日はクラフト展」と駒ヶ根では決まっています。
正式名称は「くらふてぃあ杜の市」と言います。今年のチラシを見るとVol.23とありますから、あっという間に23年もの長い歴史を刻んでいました。300にも及ぶブース数は全国的にも有数のクラフト展のハズです。
皆さんはどこかのクラフト展へお出かけになったことはありますか?クラフトフェアとか、マルシェとかという呼称で様々ですが、全国では何と700ヶ所ものクラフト展が行われているそうです。全国の工芸作家=クラフト作家は、自分の目標とするクラフト展に合わせて創作活動を行い、そこが発表の場や販売の場になるようです(ただし、厳しい出展審査にパスする必要があり)。訪れる人々にとっては、思いもよらない作品に心踊らされたり、感受性をくすぐられる作品に触れられて楽しいものです。
「くらふてぃあ杜の市」ではイベントを盛り上げるアルプスホルンの演奏や大道芸なども華を添えていて楽しめます。6月初旬の爽やかな駒ヶ根高原を満喫されてはいかがでしょうか?

「くらふてぃあ杜の市」公式ホームページ http://morinoichi.net/

天皇陛下と駒ヶ根

4月は駒ヶ根市議会選挙が行われ、若い世代の43歳・会社社長の新人候補が初出馬にしてトップ当選を果たすという印象的な出来事が起こりました。駒ヶ根市は元来、民間出身の政治家が似合う街だと思います。ニューリーダーの誕生は、令和と云う新しい時代を迎える象徴的な出来事になりました。

さて、平成の時代もあと数日となりました。我々の天皇陛下は皇太子時代に駒ヶ根市にお立ち寄りになられました。そんな昭和44年を振り返っておきましょう。
昭和44年(1969年)8月26日~27日、当時皇太子であられた陛下は、ご結婚後間もない美智子妃殿下を伴って上・下伊那をご巡幸されました。この目的は昭和天皇の名代として、「三六災害の復興のご視察」というものでした。下伊那から上伊那を回られながらその際に駒ヶ根市へもお立ち寄りになり、国の重要文化財に指定後で移築間もない旧竹村家住宅をご視察されました。2日間の短い伊那谷ご巡幸中に多くの市町村をお忙しく回られたご様子なのですが、残念ながら我々が当時の記録を目にすることはあまりできません。人から話を聞くことさえ50年も経った今では困難になりつつありますし、当時は存在した「赤穂新聞」などの多くの市町村紙も廃刊してしまった今では記録を紐解くこともできません。
駒ヶ根市民は唯一、旧竹村家住宅に残された若かりし当時の両陛下の写真に触れることで、「ああ、駒ヶ根にも来ていただいたのだ」と当時に思いを馳せるのです。

中央アルプスが国定公園に!

春へは足踏みをしている駒ヶ根です。
今週になって大きなニュースが飛び込んできました。駒ヶ根市の至宝「中央アルプス県立公園」を「国定公園」にしてもらえるようにと、長野県が国に申請をすることが決まりました。よもや却下と言う事態は考えにくいのでこの流れは決定へと向かうのでしょう。これに先立ち、長野県では県立公園の指定を解除することが了承されました。国定公園化の背景には、①リニア中央新幹線飯田駅開通後に増加が予想される中央アルプス一帯の観光振興に備えること。そして、②急増する観光客から貴重な観光資源を守るには「国定化」が必要不可欠と判断されたことが挙げられます。国定公園化は遅きに失した感がありますが、何より喜ばしいことだと歓迎します。
「国立公園」との違い?とは、国が直接管理するか県や市町村が管理するかの区別だそうで、今まで通り地元が観光資源を有効に活用できるところは国定公園のメリットだと思います。
また今回初めて知った事ですが、「中央アルプス県立公園」というのは上伊那~下伊那~木曽までを含む17市町村にもまたがるということでした。「地図上、裏山が含まれているに過ぎない」という町や村もあるでしょう。国定公園の主役は名実共に駒ヶ根市が担うことは必然です。

1963年、かつての先人たちが”あの山を観光資源にしよう!”と日本初の山岳ロープウェイ構想から56年。次の50年後には中央アルプスの玄関口としての駒ヶ根市はどんな街であるべきか?。叡智を絞り活発な議論を行う時です。

「大法寺」の節分厄除

積雪は無いのですが、吹雪く寒さに耐える駒ヶ根です。
皆さま、先日の「節分」はきちんと厄除けをなさいましたか? きっと、まんまと商戦に乗せられて恵方巻を食べたことでしょう? 豆まきも、スーパーで買った中国産の落花生などで間に合わせたりしていませんか? しちゃいますよね、それらのなんちゃって節分。では、駒ヶ根の“由緒”ある節分祈願法要をご案内しますので、来年は是非お出かけください。
五十鈴神社南側の「大法寺」は、伊南地区唯一の法華寺院であり、節分厄除け行事が有名です。毎年2月3日の「節分厄除」は、「水行式」なる寒水での禊の儀式が行われます。寒い朝、今にも凍りそうな水樽が境内に置かれます。ふんどし姿の若い僧侶と住職が現われ、若い僧侶は水樽の前にかがみます。後方で住職が平べったい太鼓のような木鉦(もくしょう)を叩き響かせながら、独特の声色で経文を唱え始めます。すると、ふんどし姿の僧侶も同じく経文を唱えながら一心に寒水を汲み上げては頭から何杯もかぶるのです。この荒行を自らに強いることと引き換えに、地域の五穀豊穣や人々の無病息災を祈願するのです。取り囲む参拝者も、荒行に対して手を合わせ共に祈ります。その後は、「お焚きあげ」と言い、古いお札やお守り、ダルマなどを大きな炎で燃やします。火の脇には竹筒が置かれ、竹筒でお燗にされたお酒が縁起物として参詣者に振る舞われます。合掌。

画像提供:駒ヶ根市役所