ゴミの分別の歴史

「市報こまがね」によりますと、「プラスチックごみ」への啓発記事がありましたが、皆様はご覧になられましたか?
昨年4月に「廃棄プラスチック(黒色ゴミ袋)」が廃止されましたが、その分が「燃やせるゴミ(赤色ゴミ袋)」に回ってしまって、予想以上に燃やすゴミの量が増加しているというものです。
記事によれば、“容器を洗えば”資源プラごみ(紫色ゴミ袋)に回せる物も多いので、そうして欲しいとありました。確かに廃プラは燃やせるゴミで良いとアナウンスされていましたが、かといって燃やすごみの量があまりに多いと市の財政負担も増すので困り物です。すみやかに駒ヶ根市民は市報に従うことでしょう。

これを市報だけで出来てしまうのは駒ヶ根市民の凄いところだと思います。きっと他国では真似できない先進性であり、市民意識の高さだと思います。

駒ヶ根市のごみの分別は全国的にもいち早く取り組まれた市の政策でした。自前のゴミ焼却工場を持てないまま、バブル期で増え続けるゴミ処理に頭を悩ませていた頃に登場したのが当時48歳の若き中原市長(2016年没)でした。まずモデル地区から始めて徐々に市内全域に広げるようにして、焼却ゴミを減らし、分別して回収ゴミへと切り替えていったことが始まりです。
ちなみに横浜市がゴミの分別を始めたのは、駒ヶ根市から遅れること15年も後のことでした。そんな長い歴史があり、身についてしまった分別意識は真面目な県民性も相まって、すっかり市民の体に浸透してしまいましたね。

ただ近年になってから、社会のためと思って分別してきたはずのプラごみのほとんど=日本全体では70%が結局は焼却処分されているという事実を知った時はショックでした。きれいに洗って分別すれば、またきれいなプラスチックになって再利用されているものとばかり思っていたのに、本当の意味でプラスチックにリサイクルされるのは4%程度だそうです。技術的にもコスト的にも現実的じゃないのだそうですね。

当然、今では市民の多くもその事実を知っていますが、かといって今後もルールには従いますし、何よりも分別する習慣をやめようとは思わないのではないでしょうか?燃やされるとわかっていても自分の家の中では洗ってから一時保管したいし、ゴミの日に「汚いごみを出す家」などと言われたくありませんから。
衛生的な日本人にとっては、それが先進国に暮らす日本人たる姿「美意識」の高さだと思います。面倒なひと手間ですが、がんばりましょう!

市報こまがね
https://www.city.komagane.nagano.jp/gyosei/shiseijoho/kohokocho/shihokomagane/index.html