ようやく水温む駒ヶ根からお伝えします。
長野県への移住は夢だけれど、左派が強いと言われる県で、子供におかしな学校教育をされやしないだろうか?
3月のニュースは、そんな不安を抱かせるきっかけになっては困ります。
3月16日、同志社国際高校の沖縄でのボート転覆・死亡事故が起こりました。「沖縄のサンゴを船上から見られる」その期待を胸に乗船させられたのは、辺野古基地反対の活動家の不法船であり、活動家と高校とを繋いでいたものは、特定の左翼思想だったと伝えられています。
+ 左派が強い長野県…教育が心配…。
「長野県民は理屈っぽい」とよく言われるのはご存じでしょうか?
選挙で左派が強いと言われる根底には、この「理屈っぽい県民性」が大きく影響していると考察しています。
田舎者であるはずの我々長野県民ですから、その本質は保守的な人ばかりなのです。ところが選挙になると、「理屈」(理想)を優先する余りに、耳障りの良い事を言う左派勢力へ投票してしまう人が多いと考えられており、決してバリバリの「左翼脳」を持った県民が多い訳ではないのです。
では、教育現場はどうでしょうか?
+「君が代」を歌えなかった伊那谷の学生
「国歌斉唱!」と初めて言われたのは、小学校5年生の地区運動会の開会式でした。しかし、周囲の大人たちに合わせて「君が代」を歌えません。すでに高学年であるにもかかわらず、小学校では一度も教えられてこなかったのです。
それは、中学校から高校へと「公立学校」を進む過程でも同様で、最後まで「君が代」を歌うことなく県内の教育を終えました。
高校卒業後、進学したての5月はショックでした。
学生寮の一年生300人によるソフトボール大会が行われた開会式で、人生2度目の「国歌斉唱!」を言われます。当然に歌えるはずもない中、全国から集まった18歳の学生たちの誰もが「君が代」を完唱しました。
「…長野県だけが『君が代』を教えないんだ…」その時、初めて気付いたのでした。
+ 教育現場を優先し、近代教育を推進する
石原東京都知事の時代に、『君が代』を歌わない公立学校の教師を批判する世論が巻き起こったことがあります。対抗するオールドメディアは、「内心の自由」を論調に持ち出します。そんなことを言い出せば学校には対立しか残りません。「長野県はこれを避けたのか…」その時に察しました。
敗戦後の「共産・左派・日教組」は、今よりも多勢で声も大きかった時代。「教育現場が荒れて悲しむのは子供たち」であることを苦慮した長野県は、「教育現場では『君が代』を封印」することで、戦後の近代教育を推し進める選択をしたのではないでしょうか?
+ 長野県教職員の実態
愛知県の教職員は、全員が日教組に加入させられると聞きました。長野県の日教組に加盟する先生は半分くらいだとお聞きします。それが多いのか、少ないのかさえわかりませんが、そのことが県内教育に偏りを生んでいるとは到底思えません。むしろ、長野県の教職員は優秀な人材ばかりを揃えている印象です。
県内教育の12年間でお一人だけ、中学校時代に、サウスポーの先生がいるにはいらっしゃいました。
授業中にもかかわらず、「私は天皇陛下には反対だ」とか、「君が代は天皇を賛美する歌なので嫌いだ」などと、つい生徒の前で言ってしまう先生でした。
田舎の無垢な子供たちでありながらも、その程度で思想に影響が及ぶはずもなく、オリンピックの「君が代」を聞いては涙を流しているシニア世代を迎えています。
思えばきっと、あの時の教職員の発言は、当時のPTAで共有されていた事だろうと思います。親同士もまた、子供の頃からよく知る間柄である地方では、情報の伝達共有がスムーズなことも、子育てには適しているのではないでしょうか。
+ まとめ
かつて「君が代を教えない」。今でも「選挙で左派が強い」等の特色は見られるものの、それらは長野県が偏った地域なのではなく、むしろ平和を優先し、理屈(理想)を最優先するDNAが宿る県民性なのだと、ご理解いただけたらと思います。
教職員の中にだって変わった人物はいるでしょうが、それは地域ぐるみで包括して教育現場を支える点においても、「長野県」は「子育て移住」にはもってこいだと思うのです。

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