小宮の御柱祭

寅年の今年、7年ぶりに諏訪の「御柱祭」が行われた事は全国の皆様もご存じの事と思います。

ところで、諏訪大社の御柱祭が終わると、いよいよ次は長野県内各地にある諏訪大社の小宮(こみや:諏訪の神様を分祀してもらった各地の神社)でも、御柱祭が行われることはあまり知られていません。
小宮の御柱祭は、「木落し」などの危険な行事は含まれませんが、盛大に里引きと建御柱が行われる神社が多くあります。
諏訪大社以外で最も有名な御柱祭は、伊那谷と諏訪盆地との境に位置する「小野・矢彦神社の御柱祭」です。こちらは諏訪大社の御柱祭(寅年と申年)の翌年に行われることでも知られ、、昔から「人を見たけりゃ諏訪の御柱、綺羅を見たけりゃ小野の御柱」と比喩されるほど、祭衣装の華やかさは昔から有名だったようです。

伊那谷で御柱祭が行われる小宮は、最南端である飯田・下伊那地方までの広範囲に及び、松本・安曇野地方にかけても行われているようです。不思議なのは、関東各地にも諏訪神社は数多く存在しますが、「御柱祭」までを行う神社は皆無なようで、御柱祭を行う境界線は、山梨県の甲府盆地までと思われます。

駒ヶ根市の御柱祭もいくつか行われますのでご紹介いたしましょう。
梨ノ木の諏訪社、東伊那の伊那森神社などが御柱祭が行われることが知られています。
旧村社格と思われる位の高い伊那森神社では、「秋の例大祭」に合わせて7年ごとに御柱祭が行われ、子供も含めた東伊那地区の氏子衆こぞって里引きの後、社殿を囲むように御柱が4本建てられます。
変わったところでは、中割のお屋敷入り口にある氏神様のような祠にも丁寧に御柱が4隅に建てられてお祀りされている祭殿もあります。
諏訪氏は武田信玄に滅ぼされてしまいましたが、諏訪氏から派生した一族は諏訪から南下した飯田氏周辺に多く及ぶことも、御柱祭が南信州で受け継がれている理由の一つかもしれません。

各地の「小宮の御柱祭」は、コロナ禍ではどういった祭事になるのでしょうか?。とある下伊那の御柱祭では、「飲酒禁止」「里引きは部落の代表4名」という制限を設けられて「盛り上がらん…」と嘆く氏子の声を聞きました。

とは言え、諏訪地方ばかりではなく、飯田・下伊那地方にまで及ぶ伊那谷全域と山あいの集落にまで、諏訪の信仰と御柱祭の祭事が広く受け継がれていることをお伝えできればと思います。

(中割のかわいらしい御柱)