鯉(コイ)は体格も大きく貴重なタンパク源として、日本はもちろん、東アジア~東南アジアの広い範囲で食べられています。
内陸である長野県・伊那谷においても、河川や湖沼に生息する淡水魚の鯉は「高級食材」として、祝儀の席や宴会のメイン料理として重宝されてきました。
かつては、母屋の脇に池がある農家も多く、野菜を洗ったり農具を洗ったりしていましたが、必ず池の中には食用の鯉を泳がせていたものです。大切なお客様を迎えると、池の鯉を捌いて砂糖醤油で煮た「うま煮」や、刺身「鯉のあらい」に料理して振る舞った記憶が残っています。
甘く煮たはずの「うま煮」であっても、当時の子供にとっては泥臭さや腹ワタの苦さ、何よりも大量の小骨があって苦手でしたが、一方で都会からのお客様にとっては「田舎の味」「信州と言えばコレ」ということで好評でした。
伊那谷で鯉を食べる機会が急激に減少したことは、養鯉業も仕入れ経路も変容したであろうことは容易に想像できます。「鯉のうま煮」を宴会料理に加えて欲しいと、料理店にリクエストすると「1,500円追加になりますが…いかがいたしましょう?」と言われたのが、既に20年前の話。
別の料理屋の店主も擁護するように言いました。「…お客から鯉のうま煮も付けろなどと言われると、昔と違って、飯田市のもっと遠くの下伊那の養殖業者に頼まざるを得ず、煮たやつを持ってくれば一切れ1,000円だと言う。店で煮直してから出すと1,500円だって合わない…」
江戸時代からの養鯉が有名で、将軍にも献上された「佐久鯉」で有名な佐久地方でも、鯉の食用需要は減り、養鯉業は衰退したと聞きます。新たな商品開発も行われているそうですが、小骨を大量に含む鯉の身を考えると、調理法・メニューの幅の広さに於いて、人気の養殖魚「信州サーモン」とは比ぶべくもありません。
数年に一度、小骨を取り除きながら、酒を飲みながら時間をかけてゆっくり食べるからこそ「鯉のうま煮」は貴重であり高級であったのでしょう。一方で食する機会がそんな程度だからこそ、食用養鯉業は衰退し、食文化が衰退する運命を辿ってしまったのが現状です。
冬から春にかけての「今」が鯉の旬だそうですが、もはや伊那谷では簡単に食べられる食材ではありません。
画像/あけびさん